「石ノ森章太郎のマンガ家入門」

Amazonリンク「石ノ森章太郎のマンガ家入門 」(秋田文庫)
こないだAmazon注文の際に送料無料にあと数百円足りない感じだったので値段調整に購入してみました(562円)。 「買ってはいけない入門書」のサイトで結構好評価だったんでどうかなと思って買ってみたんですが、読み物として面白かったという感じです。技法書としては作話に重点を置いた本でした。作画についてはほとんど触れられていません。 全体としての印象は、技法書というより「マンガ家という職業を語る」といった感じです。
とにかく、書かれた時期が1965年と古く、石ノ森先生がまだ27歳の若手漫画家だった時代に書かれた本と、翌年出された続編の2冊を合わせて1987年に1冊にまとめ文庫化されたものです。石ノ森先生の語り口もいかにも若々しく、若年層に向けて語りかけた物です。絵柄や漫画のスタイルに対する認識など時代を感じる所があるのは否めず、現代の漫画技法にそのまま活かせるのかというと疑問な点もあるのですが、漫画の進化の歴史や原始的なスタイルの理解、石ノ森先生の自伝的な意味合いで貴重な資料だと思いました。
以下無駄に長い紹介および感想。
内容は以下のような感じです。
・1章 おさらい
道具/かきかた/発表方法
・2章 自己紹介(まんが家への道)
石ノ森先生の子供時代から投稿時代、デビュー、カメンライダーなどの戦隊物デザインや映画に携わった話、学習漫画など27歳までの自伝的読み物
■2部 テクニック編
・1章 ギャグマンガ
「どろこんこ作戦」という石ノ森先生の漫画を1コマ1コマどういう意図で描いてあるか、何故こう描くのかといった事を解説してある
・2章 ストーリーマンガ
「龍神沼」という石ノ森先生の漫画を同様に演出の意図やカメラワーク、背景での情景の表現など1コマずつ解説してある
・3章 その他のマンガ
幼年マンガ・絵本/1コマ・カット/4コマ/テレビマンガ/パノラマ/劇画/パロディマンガ/ポエムマンガ/教育マンガ/その他のその他
マンガに派生するそれぞれの仕事の違いや心得について
■3部 総集編
マンガ家を目指すということがどういう事なのか、石ノ森先生の「マンガ家」という職業に対する考え
■4部 お答えします
1問1答的に、読者から寄せられた質問に答えている。多くは他の入門書でも良く見るような画材の種類や使い方、調達方法などで今では古くさいものが多いが、「アイデア」「テーマ・シノプシス・絵コンテ」「ギャグマンガ」「ストーリーマンガ」の項目でかなりのボリュームを割いて、アイデアの発想からメモを起こし、それからプロットを作成し、ネームを描き…といった頭脳労働的な部分について詳細に解説している点がとても貴重でありがたい。
■以下感想
技法書として見た時に特に役立つのは2部と4部の話作りについて解説した所だと思います。小説だと大塚英志さんの「物語の体操」などがプロット作成術についての本ですが、漫画で話作りについて丁寧に解説された本って意外と少ないですよね。
ギャグマンガについては石ノ森先生の時代のギャグマンガはスラップスティック(どたばた)なので、現在の大きく進化したギャグマンガには当てはまらない部分が大きいかなと思いました。(児童向けギャグマンガでは未だにこの手のジャンルが現役なので役立つと思います)。
ストーリーマンガについては、絵柄は古くても演出についての考え方など今でも通用する部分が多いと思いました。 どちらも、そのまま今のマンガにすぐ使えなくても(作風もあるでしょうし)、他の方の漫画を研究対象として見る場合に、どういう分析の仕方でどこを見ればいいのか、という事を知る意味ではとても役立つ例題集だと思います。
4章のプロット作成についての解説ページでは、漫画でアイデアを思いついてメモに起こして…といった過程が公開されているのでありがたいと思いました。なんと009のネタなので、009のアイデアノート公開という資料的な意味合いでも貴重だと思います。9人なのが野球からだとは知りませんでした。
読み物として面白かったのは1章の自伝の部分ですね。手塚先生との出会いの話からトキワ荘時代まで、手塚先生の自伝や藤子先生のまんが道などと合わせて読むと当時の漫画界の事情などが見えてきて面白いと思いました。手塚先生と石ノ森先生との関係性は結構面白くて、手塚先生にあこがれた石ノ森少年が分厚いファンレターを出し、それにもっと厚い返事を手塚先生が出し、肉筆回覧資を送ったり投稿していた高校生時代に急遽アシとして東京に呼び寄せられて石ノ森先生はデビューへの道をつかむのですが、その後石ノ森先生が新しいコマ割りの演出などを発明していく過程であの神様手塚先生が嫉妬のあまり石ノ森先生を冷遇する時代があったりとなんとも言えないドラマがあります。手塚先生の若手に対する焦りと嫉妬心はなんとも人間くさく、劇画を否定したり石ノ森先生を「あんなもの」呼ばわりしたりアキラの大友さんにライバル心剥き出しにしたり、大人げないエピソードが結構あるんですが、逆に言えば手塚先生を脅かすほどの才能があり、手塚先生が認めざるを得なかった人間だったともとれます。手塚先生が褒めるって事は先生にとっては敵たるに及ばずって事なんですね。
手塚先生が石ノ森先生をあんなもの…と言ってるシーンは、ジョジョの荒木先生の授賞式動画でも見られます。「東北ってのは出る人が少ないんだよ」という手塚先生に荒木先生が「石ノ森先生がおられます」と返事すると「いやまぁああいう程度でね」なんて言ってます。 (参照:http://www.youtube.com/watch?v=9-JuSY0Qycg )でも石ノ森先生はそれでも生涯手塚先生への敬愛の念を抱き続けていました。
古い本なので時代を感じる記述があちあらこちらにあるのですが、
「以前のように、2ページとか4ページ、長くてもせいぜい8ページといったページ数でしたら、なんとかギャグだけでつないでも見せられましたが、32ページともなれば…(p93)」
というのを読んで、マンガの平均ページ数は増加傾向にあるなぁと思いました。手塚先生の伝記でも、8ページ読み切りを月産何本…なんていう記述がちょくちょく出てきます。(それでも総生産ページ数は今より多いかもしれませんが…石ノ森先生もこの頃月産500pだそうです。それだけ話の種類も多かったという事ですね。) 今はギャグ漫画でも、4コマなどのジャンルを除いて32ページと言ったらそれでももう十分短編扱いのような気がします。ギャグマンガもストーリーマンガ寄りになっているというか。今は長期連載がマンガのシーンでは主流で、読み切りはあくまで読み切りで実験的な意味合いが強い印象です。少ないページ数では読者の要求する複雑なストーリーを語りきれなくなったという事でしょうか。さいとう先生と「これからは長期連載を考えていかなければ」というような事を話したという記述があって、過渡期である事を伺わせました。(引用しようと思ったけど文章量多すぎてどこに載ってたかもう見付けられない)
ギャグマンガとストーリーマンガの見本マンガを読んでいるにつけ、昔と今で何が違うのかという点を色々考えるのですが、全体的に頭身が大きくなったなぁと思います。この時代のマンガはギャグが2~3頭身、ストーリーでも3~6頭身ぐらいなんですね。今だとギャグや萌え系で6頭身、ストーリーマンガは6~8頭身のように思います。 昔のマンガと最近のマンガの違いでよく1ページ辺りのコマ数が少なくなったという事が言われますが、理由の1つに頭身の変化があるなと思いました。
昔のマンガは顔アップやバストアップがかなり少なく、あったとしても小さなコマで使われており、大コマで顔のどアップというシーンがかなり少ないです。大コマは、俯瞰など全景を見渡すのに使用されている例が多いですね。ギャグでは特に、1コマの中に複数のキャラ(5.6人など多め)が全身描かれている事が多いです。これは、シチュエーションギャグが中心であるという事もあると思うのですが、頭身が少ないからこそ描ける方法だとも思いました。6頭身以上の人物を1コマに何人もおさめようと思うと、自然と大きなコマが必要になります。結果、現在のマンガでは1ページあたりのコマ数が少なくなっていくわけで、昔のマンガで1ページに10コマ以上入れられたのも、小さなコマに入るキャラの小ささ(頭身の少なさ)があったと思います。
ギャグマンガで頭身が少ないのは、それだけ小さい画面で表情を大きく見せる工夫だと思います。大げさな表情を全身を小さく描いたときにでも分かりやすくする為には、頭身が低い方が顔の割合が大きくなるわけです。6頭身マンガで表情を描こうと思うと、自然とロングショットでは描けず、バストアップや顔アップにする必要があります。コマ内のカメラワークの変化はそういう理由もあると思いました。
あと、読み物として面白かったのは石ノ森先生がマンガ業界について問題提起された点です。最近編集部指導のパクリ問題や漫画家と編集部の対立についてちょくちょく話題になり、マンガ業界の体質について警鐘が鳴らされ、「昔の編集と漫画家の関係はそんな事なかった」なんて事が言われたりする訳ですが、石ノ森先生の話を聞いているとどうもそうではなくて1950年代の昔から同じような事情は変わらずあったのではないかと。最近業界の体質が変わって表面化した訳ではなく、むしろマンガ業界が発達してきたそもそもの成り立ちの時点から内包していた問題なのではないかと思います。漫画家は今でこそ世間で尊敬を集める職業ですが、最初はとても低く見られ、出版社からも足元を見られていた状況があると思います。最初はマンガが儲かるとは誰も思っていなかった所からスタートしており、仕事に忙殺されてその頃の無いに等しい雇用条件を整備するチャンス無く来てしまっただけなのではと思いました。
関連ありそうな部分を抜粋してみます。
この辺りは、現在編集部、クリエイティブな作品を扱う業界で作家相手に仕事をして折られる方にぜひ読んで戴きたい所です。
こんな時、ショックな事件が相ついで二つおこりました。比重の相違はありますが、同じような性質の――マンガ家の芸術的良心の問題にからんだことでした。まずそのひとつは「新マンガ党」員のひとり、坂本三郎が、某誌の編集者にシゴカれて、マンガ家をやめてしまったことです。坂本は才能のある凝り屋でした。作品を大事にすることは人一倍でしたし、そうしたことでは党随一のまっすぐな性格の持ち主でした。依頼された原稿を、シノプシスの段階で大幅にかえられました。更に下書きの時にも、二度、三度と変更を要求され、そのために原稿の完成日が予定をはるかに遅れてしまったのです。しめきりに間に合わない、急げとせきたてられました。しかし、いい加減にかきとばすわけにはいきません。一コマ、一コマが、坂本三郎というマンガ家の作品なのです。頭に来た編集者は、残っている部分を断りもなしに他のマンガ家にかかせて、しかも――必然的に――内容までも変えて、雑誌にのせました。以降、坂本三郎は今でもペンを握っておりません。
もうひとつは、赤塚不二夫が単行本をかくのはもういやだと、ぼくのところへころがりこんできたことです。原因は、張り切ってつくったハナシをけられ、そのかわりにこの小説をマンガになおせとか、売れっ子マンガ家の絵がらを、そっくりそのままマネをしてかけとか、強制的にいわれたから、というのです。売れないから原稿料は安くなるというのならまだしも、こんなことまでしてマンガをかく気にはならんというのです。赤塚の怒りは、至極もっともなことでした。だが、赤塚は坂本と違って、楽天的な性格だったためと、そのうちには雑誌のマンガを、という希望があったために、ペンを折るまでにはいたりませんでした。~中略~こうして、赤塚とぼくはそれから一、二年、共同苦闘生活をすることになりました。石塚不二太郎、いずみあすか、U・マイア(水野英子を含む)などといったペンネームを使って合作をしたのです。(p38)
編集者の事です。新しい試みを危険視して、実験作をイヤがる、と前記しました。編集者もサラリーマンです。自分の作品がコケたらクビ、はオーバーにしても、ヒット作をより多く担当した方が、”出世”につながる事は否めません。編集長、局長、部長もまた然り。自分の本が売れて会社の収益アップとなれば、社長のおぼえもメデタクなります。ですから冒険を恐れる気持ちは十分に理解できるし、イヤがるのは一面の事実です。しかし、漫画からコミックへの過程には、そんな冒険が山程ありました。それで、マンガというメディアの内容もテクニックも大きく成長してきたのです。読者の天地左右が広がってきたのです。新しい作家の新しい作品は常になんらかの”冒険”があり、それを掲載する事は出版社、編集者の決断によります。つまり、新しさを求めていた編集者も大勢いたという事です。これを書いて置かなければ方手落ちになると思ったので附記した訳ですが、それでもやはり、右へならえの編集者の方が多い事は、似たり寄ったりの誌面づくりを見ていればわかります。
希わくは、失敗する可能性が多くても、やってみようという冒険心を持った編集者が、一人でも増えて欲しい、と思います。失敗するかも、という恐れの中にこそ、一発逆転の可能性もまた、含まれているからです。そして、新しいマンガの世界の未来も…。(p54)
最後に、石ノ森先生が、当時活躍していたマンガ家について後世に残ると思う方の名前を挙げている場所があります。
北沢楽天・岡本一平・下川凹天・池辺釣といった初期の風刺マンガ家たち。宮尾しげを・坂本牙城・樺島勝一・宍戸左行といった「児童マンガ」の開拓者たち。更にマンガに初めてブームというものをもたらした田河水泡や島田啓三・新関健之助・吉本三平といった人たち。おとなマンガでは麻生豊に始まって、横山隆一・泰三兄弟、近藤日出造や清水崑、杉浦幸雄・加藤芳郎や長谷川町子・小島功、児童マンガに現在のかたちのSFものを持ち込んだ横井福次郎、ストーリーマンガに映画的手法を取り入れてマンガの型を一片してしまった手塚治虫……。
正直私はこの中で分かる方はほとんどいません。「兵達が夢の跡」といった感慨を覚えました。
石ノ森先生は1998年60歳で亡くなられました。手塚先生は享年61歳、藤子・F・不二雄先生は63歳、みんな命を削って描いて下さってたんだなぁと思います。この本の中で、石ノ森先生はマンガ家を志す子供達に向けて何度も「マンガ家になるには健康でなければダメ。」と語りかけます。その言葉の裏にはとても深い思いがあったと思います。
Posted: 6 月 8th, 2009 under 参考書.
Tags: 参考書, 感想




